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親鸞(五木寛之)

Date:2010/11/28 19:41

平積みになっていた「親鸞」という大きな文字に惹かれて、はじめて五木寛之さんの小説を読んじゃった。

親鸞って言うと、中学のころ教科書に出てきた悪人正機説っていうのを思い出す。"悪人こそが救われるんだ"っていう教えだと漠然と習って良い人を差し置いて、悪い人が救われるってなにごとか!?と、モヤっとしたのを覚えています。

でもあるとき、フッと思ったんです。もし僕が愛すべき5人兄弟の父親だったら。。。出来のいい三男よりも、一番出来の悪い末っ子にこそ真っ先に手を差しのべるんじゃないか???人生の生き方の下手な悪人こそが救われるのかもしれない?って、妙に腑に落ちたのを覚えています。

鎌倉の末法の世でなくとも、世の中は混沌として生き難いとこころ。思い通りにならないし、不測の事態が毎日のように降りかかってくる。僕らは自分の人生をコントロールしているようでいて今の喜びが本当に自分の幸せに直結しているのかわからない。今の苦悩が、本当は自分の幸せにつながっているんじゃないのか、やっぱり僕らにはわからない。

逆境が人を育てる?愛情が人を幸せにする?人生において、何が正しいかなんて結果を見なきゃわからない。過去に起こった前例が未来で必ず起こるとは限らないもんだから結局、未来に起こるであろう結果を知ることはできない。自分の行動の正しさを推し量ることなんて僕らにはどだいムリなことなんだ。

いやいや、むしろ自分の人生を結果を知った上で振り返ってみて。。。過去の自分の行動は、失敗だったのか?成功だったのか?判断がつくだろうか?僕にとって、なんだか過去の失敗も成功も、全てが自分の成長の糧になったとしか感じることができないんだよね。

どんな出来事も、それがどんな逆境であれ順境であれ自分の人生の経験として糧になること以外にはありえない。。。良い事ばかりをして潔癖であろうとやっきになることも、悪事を犯しているのじゃないかと不安にくれることも不毛なこと。

だから、今の苦しみや喜びにいちいち感情を流されるのじゃなくただ、南無阿弥陀仏と念仏して、人生に起こる全ての事象をただただ受け入れ強く生きていきなさい、というのが悪人正機ということなんじゃないかと思った。






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