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未来のカタチ・・・(科学)

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T1くんから、借りたDVDやっとみました。NHK特集でテーマは「女と男」。1時間番組だとおもっていたら、3シリーズ構成だったのね。。。見ごたえあった^^;どのシリーズもかなり興味深かったです。男女の問題を科学的に探っていく番組なんですが、科学っていいねーーー。学生の頃、哲学の論文で、男女平等/同等を主張するアメリカ社会において、まっこうから「男女は決して"同じ"じゃない!」その中で男女を一律に扱う!ことの不毛さを訴えたことが評価されたことがある。男女差別による偏見が平等の意味を履き違えていることが多い。本当の意味での平等はこの違いを認識し、それぞれの特性をケアすることで初めて実現できる。今回TVをみてて思ったんですが、これをね、科学(たとえば、脳医学)的に証明できれば、わざわざたいそうな思想をたずさえたり、誰かを説得する必要なんてないもんね。。。脳医学的に男女で働き方が違うのだから、女性に対してはこういうコミュニケーションの方法が適してるとか、こういう作業の方が向いているとか。。。最終的には男女すら関係なく個人個人が個としてケアされればよい。男女というのは、各々の「個」に対する属性に過ぎないのだものね。そうなれば、だれもが自分の好ましい状況に平等のチャンスが与えられる。お互いの長所を伸ばし短所を補い合うことでより相手を尊重する社会になっていけたらと思う。科学って、余計な偏見や差別をとりのぞく一番手っ取り早い手段ですね。

ちょっぴり話題がそれますが、IT業界に従事してて、未来を考えたときに非常に面白いなーと思ったのが、インターネットの仕組みなんです。インターネットっていうのは、世界中のコンピューター同士を相互につないだ巨大なネットワークの塊です。この巨大な仕組みをなに不自由なく接続するために、インターネットの基盤に関わるさまざまな「ルール」が決められています。通信には~~の手段を使いましょう!とか、ファイルを転送するのには、こういう手順で受け渡しを行いましょうとか。その基盤があるからこそ、世界中のコンピューターがシームレスにつながり、通信が行われているのです。こういった世界共通の基盤となるルールはいったい誰が決めていると思います??実は、 RFCという文書によって取り決めがされているんです。RFC(=Request for Comments)とは、ご意見募集中!というような意味ですが、その名の通りこの文書は世界中の技術者によって常に新しい意見が寄せられ、更新され続けています。RFCはインターネット上で公開・管理されており、誰でも自由に閲覧でき、新たなアイデアを投稿することもできる(どうやって投稿するのかは知りませんけど・・・)現在でも、この文書は更新されつづけていて、インターネットは決して完成された技術インフラではなく、このRFCによって常に進化し続けている発展途上の技術なのです。面白いのは、この技術管理が、ビジネスマターで動く企業でもなく、政府でもなく、一般の科学者や技術者の向上精神によってなされたという点です。むしろ企業や政府はこのRFCの作り上げるルールに従ってインフラを整備しているのです。もともと、インターネットというのは、米国の国防省によって研究開発されたものですが、これがRFCという口上のもと一般に公開され、いまや一般の技術者の貢献により維持され続けているというのは、科学の未来のあり方を考えたとき、非常に面白い例だと思いませんか?

こういった技術的革新だけでなく、男女問題などの社会問題などにも、科学の力はどんどん利用されたらいい。RFCの作るインターネット環境のように常に柔軟に、そして革新的に世の中をリードしていければ、もうその解決を慣習に縛られた社会の都合に求める必要はないですよね。科学はもっと大きな領域に踏み込むべきではないでしょうか。科学は政治に取って代われる可能性があるし、科学は宗教に取って代われる可能性もある。そんな風に思います。

ただ現在の科学には決定的に欠けているものがある。

それは、西洋文化のなかで培われてきた科学は、むしろ物質的、部分的な世界観に偏っているという点です。すべての問題は物質に起因し、これらの問題は容易に単純化できる最小単位まで部分化することで、およそすべて解決できる!という立場をとっている。ところが、科学も行き詰まっている。多くの最先端の医療研究家や、物理学者は、より見えないものへの関心を深めている。物質を超えた全体性の領域へ科学も踏み込みつつある。著名な物理学者や医療従事者の言ってることは、意外に神秘家の言葉とそう変わらない、なんて感じることもある。一般人の中でも、東洋医療や、東洋哲学が見直され、ニューエイジという新しい精神世界へのムーブメントまで起こっている。物質的な要素を研究することも非常に重要だと僕も思う。ただし、それだけでは世界は半分しか語れない。科学者の動向や一般人のムーブメントは、現代の偏った世界観にたいする新しい扉の模索じゃないかと思う。僕たちは、失われたもう一対の体を捜し求めている。

するとね、科学の研究対象にタブーなど存在しないんじゃないか、って僕は思う。バースコントロール、体外受精、遺伝子操作などが一部の国でタブーとされているのは、そもそも人間の存在意義そのものの研究が欠如しているから。人間を単に物質の塊と捉えて、生命を制御する表層の技術ばかりを研究している。人はなぜ生まれてくるのか?死後の世界とは?宗教の真相は?人間の心、精神とは・・・?これらの形而上的な問題に科学は踏み込まないといけない。もし、科学がこの領域に答えを出すことができれば、政治や宗教などにたよらずとも、おのずと答えは導き出されるんじゃないかな。

科学はこれまで宗教と一線を置き、政治的に利用された宗教のドグマから人々を解放してくれました。独断的な宗教を政治から切り離し、僕らの生活はより効率的で安泰なものになってきた。ところが、生活から「いにしえの神」を排除する一方で、物質を崇拝するあまりに僕らはまた新たなドグマを創り出してしまった。科学と宗教は相容れないのではない。人間の存在そのものを科学するのならば、科学は宗教とまたその根を一にするはずだと信じている。

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Category: | Date:2009/06/08


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